昨年(2010年)の八月にハンガリーの首都ブタペストからバスで北上し、ワインの産地トカイや陶器の産地ホロハーザに寄ってルーマニアに入り、正教会の教会や修道院を巡ってブカレストから帰ってくるという10日間の旅をしてきた。回を重ねている団体旅行である。連続猛暑日更新する東京から脱出して、最高気温20℃前後の極めて快適な東欧の夢旅であったが、日本列島の暑さが収まった頃合いに帰国するという目論みは見事に裏切られて、酷暑の真っただ中に連れ戻されてしまった。
ブタペストのホテル前の通りの寒暖計は摂氏13℃朝の出発前の気温である。(09.02)
ブタペストへはウィーンを経由しての14時間、久しぶりのオーストリア航空の客であったが経済的座席は老体には応えるようになった。航空業界の厳しさなど人ごとかと思っていたら、機内食のカトラリーが樹脂製になって、あの赤い二重成形のコップも姿を見せない。それはともかく、食前酒はジントニックに決めているが、これはお酒に迷った末の消極的な選択らしい。
オーストリア航空の食前酒ジンのソーダ割り(09.01)
ブタペストの街は以前に3,4回訪ねていて、温泉の体験など際どい話もあるのだが、観光の記憶はいつも観光客の賑わいに紛れてあいまいだ。今回はホテルの近くの西駅でローカル列車の出入りを堪能した。それでも、毎回ハンガリー・アールヌーボーの建築家レヒネル・エデン(1845〜1916)の建築だけは人にも見せておきたいとおもった。モダンデザインの底流となった世紀末芸術の熱気のようなものを感じていたいと思う。
ブタペスト西駅
ひっきりなしに列車が出入りして、乗り降りの人々が足早に通り過ぎて行くのをぼんやりと眺める至福の時間であった。
ブタペスト市電
市電が走る街というのは景色に締まりがあっていい。新旧それぞれよいデザインであった。
地質学研究所(1899年完成)
郵便貯金局(1907年完成)
工芸美術館(1896年完成)1Fロビーの天井
そそくさとブタペストを後にして貸切りバスで北東へ。ハンガリー大平原をひたすら走り、やがて丘を越え森を抜けてスロバキア国境まで数キロ、銘窯ホロハーザへ。ヘレンドほど名が知られていないし、辺境の地といってもよい場所にあるから、行程に無理もあったが寄ってよかった。工場内は撮影禁止。陶芸をやっているSさんはカップに取っ手を付ける作業をさせて貰ってごきげんだった。絵付けのオバサンは仕事で日本に行ったことがあると筆をおいて話しかけてきた。
行程の途中になるのでトカイに寄ってDISZNOKOというワイナリーで試飲をした。日本では甘い貴腐ワインしか知らなかったが、辛口のよい酒であった。試飲だけというわけにはいかずに工場も見学。見渡す限りにぶどう畑でその景観がユネスコの世界遺産になっている。
トカイのぶどう畑とワイン工場
ぶどう畑が世界遺産?と思ったが、見渡す限り優しいみどりが一面で納得のできる力強い風景であった。
トカイでハンガリーのガイドさんと別れて国境へ。同じEU加盟国なのに国境でえらく手間取ってしまった。この陸路のルートでルーマニアへ入る観光客は少ないと思われるが、10人に満たない日本人のパスポートにスタンプを押すだけで2時間近くも掛けなくとも……というのはこちらの言い分で、国境の仕事にはお国の事情があるのだろう。社会主義体制の残滓とすれば、なかば期待していた事柄ではなかったか。
ルーマニアの秘境マラムレッシュ地方観光の拠点、バイア・マーレ到着は夜中になってしまった。ホテルではお祝い事らしく楽団が大音響で演奏し酔っぱらったおじさんオバさんがダンスに興じていた。翌日はウクライナとの国境まじかの村サプンツツァへ。「陽気な墓」と呼ばれるレリーフ絵をかいた墓標で有名になった墓地である。以前訪ねたときは寂しい所であったが、今では土産物屋も数軒立ち並ぶ観光地だ。それにしても「陽気な墓」という呼び方は躊躇される。決して豊かではない土地で実直に生きた人々の暮らしぶりを偲ぶ図柄を陽気なといってしまってよいのだろうか。
山村の豪邸
この村の男性は木造建築の技術が買われて世界で稼いでいるらしい。ほとんど住むことのない自宅を豪華に飾るのが甲斐性というものらしい。
サプンツァ村の「陽気な墓」
生前の得意だった仕事や職業などが絵になっている。自動車にはねられて亡くなったというあからさまな絵がいい。
サプンツァからカルパチア山脈を挟んだ山間部を東へ走る。点在する木造の教会に立ち寄りながらモルドヴァ地方へ。以前に比べると山間に点在する農家が新築され、やたら自動車が走るようになっていたが、車窓から眺める山村のたたずまいは郷愁をそそる癒しの風景であった。
ブルサナ教会の道祖神
ロザヴリャ教会(1720建造)
イエウッド教会の壁画(1364建造)
家畜の帰宅
モルドヴァ地方「五つの修道院」観光の拠点グラフモールで2泊。ガイドのアンドレ君ははりきって七つの修道院を案内してくれた。数を稼げばいいというものではないが、ガイドの見せたい所とのんびり浸っていたいの折り合いが難しい。それでも、この観光の勘所は車窓の景色にあるのだから、峠を越え、森を抜け、村落に分け入り、どこを走っても至福の時が過ぎて行くのであった。それにしても、五つの修道院という決めつけは大胆だとおもう。
スチェヴィッア修道院
以前訪ねたときは帰りはヒッチハイクになって丸一日かかってしまった。
スチェヴィッア修道院の外壁
スチェヴィッア修道院前の土産物屋
土地の人達がお客さんらしい素朴な品揃えが好ましい。
馬車
馬車がまだ堂々と活躍している。
ボロネッツ修道院の土産物屋で店番する少女。
ボロネッツ修道院のネコ
ネコが好きというわけではないが、ネコがいると写真を撮りたくなるのはなぜだろう。
車窓。
馬車とトラック
やがて道路から馬車の姿が消えていくに違いない。それでも村の道路は馬車のものという悠々とした態度がいい。
シギショアラはトランシルヴァニア地方の中心に位置する町で、城塞に囲まれた旧市街には中世の面影が残るかわいい街だ。
シギショアラ旧市街
どの路地も絵のようだったのでスケッチを1枚だけ。
シギショアラ時計塔の下で。
シギショアラ住まい。
シギショアラのとなりの形見。
シギショアラの南27キロにビエルタンという村がある。城塞教会があってユネスコの世界遺産だ。教会はともかくとして穏やかな美しい村であった。
ビエルタン城塞教会(12世紀)
教会というより堂々たるゴシックの城だ。
ビエルタン村のメインストリート
最強の城塞教会足下の村はのんびりした美しい村であった。
さらに南西に下って商業で栄えた都市シビウで昼食と散策。
車窓
蒸溜器売り
ルーマニアの国民的酒はプラムから作る蒸留酒「ツイカ」だ。農家では自家製のツイカが自慢らしい。道端で蒸溜機やその部品を売っているのは銅細工が得意なロマの人達。
シビウ大広場
屋根の煙抜きの穴が陰険な眼のようだ。
ルーマニア第二の都市ブラショフで泊まってお決まりの観光の後、シナイア僧院、ペレシュ城へ寄って首都ブカレストへ
シナイア僧院小教会内陣のフレスコ画
ブカレスト旧共産党本部/故チャウシェスク大統領が最後の演説をして群衆のブーイングにおろおろしたテラス。
ブカレスト国民の館
新宿の都庁を思わせる威圧感がある。国民の館とは冗談がきつい。
ブカレスト市電
OS790の機内から風力発電
最近は旅先で風力発電のプロペラをよく見かけるようになった。あの威圧的な大きさといい、あからさまな格好といい周りの風景に馴染んでいるとはいい難い。そのうちオランダやスペインの風車のように風景にとけ込むこともあるのだろうか。
ブカレストからウィーンを経由して成田へ。猛暑の日本が想像し難い快適な旅であった。
ティーバックのおみやげ
ホテルの朝食は大概ビュッフェスタイルで、紅茶はティーバックで用意されていることが多い。この袋を記念に持ち帰っているうちに積極的に集めるようになった。ツアーのメンバーが協力してくれるのでこんなに集まって嬉しい。スーパーに入っても買うのはティーバック紅茶ばかり。