フォト日誌

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04.11

ついでに大阪・堺

大阪の「サントリーミュージアム(天保山)で娘が出品している展覧会があったので、神戸で建築家をしているM氏を無理に誘って見物にいってきた。M氏には十年数年前にお好み焼きをご馳走になった事があって、とくに何がということもなく感動的であったが、今回は自分の事務所が近くだという老舗のうどん屋さんに案内された。団塊の世代の気概というかロマンを秘めて建築界をしたたかに歩いてきた様子が話の端々に伺えて嬉しかった。

その日は、大阪湾が一望できるという宣伝に乗せられて高層のホテルに泊まったが、部屋からの眺めにこだわる僕としては夜景に納得したものの、あとはどうもしっくり来ない。


04.12

この日は、夕方に神戸に住んでいる長男の子の何やら発表会があるというので、それまでの時間を堺で潰すことにした。南海電気鉄道の遊園地の電車みたいな車両に、さすが大阪などと感心しながら難波から15分ほどで堺に着いた。以前学生の研修旅行で刃物工場を見学した事があったが、町の様子を覚えているわけがなく、観光案内所で地図をもらい、見当は「旧鉄砲鍛冶屋敷」あたりに決めて地図はしまった。堺ほどの街になると、ビル街を抜けるのに多少時間が掛るのが難点だ。

ぶらぶらと綾ノ町辺りにきたら50メートルにも満たない商店街があった。昼下がりゆえ、客の姿は皆無であったが、店番のおばあさんが向かい同士で大声で話し込んでいた。耳が遠いに違いないが、客が来ないのを気にかける様子もなく楽しそうであった。店先には堂々と「ABCマッチ」「大丸マッチ」が徳用、並型と揃って売られていたし、数歩で市電の停留所というのもいい。

豪商の邸宅「山口家」辺りまできたら、やっと町並みも落ち着き、木の牛乳箱もそこここに見かけて、それだけで堺もいい街だと思えるからゲンキンなものだ。木の牛乳箱は「明治」や「雪印」がここでも幅を効かせていたが、「寺西牧場」を見つけたときは驚喜した。姿がほどよく残っていて古ぶるしさの程度が実に具合がよい。何より初めてお目にかかるブランドであった。後で調べたら大阪は阿倍野区桃が池町にあった乳業らしい。

明治牛乳や毎日牛乳もよい姿で残っていたが

七道駅まできたので引っ返す事にした。「旧鉄砲鍛冶屋敷」辺りで「山田牛乳店?」の木箱を見つけたが、消えている文字もあってもどかしい。

サンスター自転車(1950年代にサイクリング用自転車を作っていた大阪のメーカー)の琺瑯看板などに見とれながら、堺の駅に向かっていると、

あったあった「となりの形見」。いい具合に残っていたが、政党のポスターはちょっと思う。世事を垣間みるようでまあいいかと納得して神戸へ向った。