2002年3月15日〜18日:沖縄
 大学の仕事があって沖縄へいってきました。話は突然ですが、那覇の国際通り という賑やかな通りのお土産屋には「沖縄へいってきました!」という名のお菓子の パックがあって感心しました。一瞬、研究室のスタッフにはこれだ!と思いましたが、 何だか馬鹿らしいように思えて止めてしまったのは、いま思えば残念です。 受けたかも知れないな〜。
 ところで沖縄は、通うように出掛けていたトルコのようだとまず感じました。 というのは、空気の暖かさと露光過剰の写真のような光の具合が同じようでありましたし、 何よりもコンクリートの家々の素っ気ない造りと、所々に無造作に塗られたペイントの ただ鮮やかなだけの色合いや、少しの風で舞い上がりそうな乾いた土の感触が、 春のトルコの、といっても地中海に面した小さな町やカッパドキア地方などを想わせました。
 しかし、屋根すれすれまで積まれた石垣や、その石垣に包まれるように守られた木目のあら わになった木造民家の集まった一角が那覇を離れた町にはまだありましたし、そんな町の路地を歩いていると、 日本のあちこちの路地と同じ気安さがありました。トルコを憶わせる乾いた情景にいくつも出会いましたが、 民家のシーサーを乗せた赤い屋根瓦と、それが隠れるくらいに幾重にも塗り込められた白い漆喰との取り合わせは、 やはりトルコではなくて、そして本州でもなくて琉球王朝のなごりの沖縄の風情なのでしょうか。 居ずまいを正して対峙しなければならない歴史にも風習にもうといまま、路地に遊ぶだけの短い旅でした。 地図もガイドブックも持たない、ただ当てもなく歩き回るだけの相変わらずの一日だったということです。 沖縄には牛乳箱がありませんし、取り壊された家屋が隣に痕跡を残す事もありません。
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01)イッペイの花(那覇)
那覇の街路樹にこの花が満開だった。花だけで葉っぱがないのも何だか奇妙だ。

02)シーサーの残る空家(那覇)
空家というより閉めた家。那覇の街のあちこちには、まだコンクリートの2階、 3階の家の狭間で赤瓦の木造の住宅が残っているが、もう空家になっていることが多い。 空家になっても小さな家でも屋根はシーサーを乗せたまま堂々としている。

03)熱帯魚(那覇)
市場では食材の様子が独特である。市場の魚屋には空色や真っ赤な魚が列んでいた。「ぐるくん」なんて名前からして熱帯魚。 ぼんやり眺めていたら魚屋のお姉さんにつかまって、その派手な魚を2階の食堂で調理してもらう羽目になった。熱帯魚も刺身に するとただの白身。安くておいしい。

04)富士山(糸満)
門扉は鉄製のものが多い。1970が誇らし気なのだがここは裏口みたいで寂しいなあ。遠く本土の 富士山をあしらったあたりもさらに寂しい。

05)石敢當(いしがんとう)
通りの辻辻にあるおまじないのようなもの。立派なものからいい加減なものまであるが、魔物の侵入を 防ぐとなれば、まめに小さな路地の角にも置いてある。面倒だからこの角は止めようという様子はない。

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