となりの形見


街なかで家屋が取り壊され、その跡地が駐車場に使われている光景を見かけるようになって久しい。賑やかな所はアスファルトで舗装されてしまうが、大方は砂利を敷き詰めただけの空き地で、風のたまり場となってコンビニのビニール袋が舞っていたりする。残された隣りの家屋は壁が露になって晒され、そこには寄り添うように建っていた家屋の屋根の勾配が影のように跡形となって残っていたりする。

のっぴきならない事情があって手放した住まいが、あっけなく取り壊されて、その時は近所でも噂になったが、ひと月もすればもう二階屋だったなどということも人の記憶には残っていないに違いない。しかし、何一つ残すものもなく更地になったのに、そっと影だけを形見のように隣に置いていった建物が確かにそこにはあって、人の営みが続いていたはずである。

ところで、このような住まいの終わり方は何時まで続くのだろう。更地にビルが建ち、それを繰り返して出来上がる街の佇まいを人々は弾む思いで散策したりするのだろうか。いづれにしても、自らの生涯もこのような家屋と時代が重なり、その終わる様が親しくて記録の旅に誘われるのである。
(2008年3月・アユミギャラリー)


アユミギャラリー3


アユミギャラリー2


アユミギャラリー1