朝の記憶


日本全国にわたって街で見かける
牛乳受け箱を写したものである。

牛乳の宅配は日本の隅々まで日常の生活風景であった。しかし1970年代の後半には、ビンが紙パックに代わりスーパーマーケットなどの流通も進んで宅配は激減していった。いま街並で見かける牛乳箱の多くは、かって消費地と密着する形で生産宅配をしていた小規模の乳業会社のものが、すでに役目を終えた姿で残っている場合が少なくない。各地に残るそれらのブランドが刷り込まれた牛乳箱は、そこで暮らした人々の共通の記憶に違いなく、このサイトは遅ればせの昭和の記録でもある。

タイトルの「朝の記憶」は、まだ私が幼かった頃、目覚める前の浅い眠りの中で、一合瓶のカタカタとふれあう牛乳配達の重い自転車の気配を感じたような気がして、そんな遠い朝の記憶をたぐり寄せるきわめて個人的な想いからであり、写真展のタイトルとしてきた。写真集では諸条件を勘案して「思い出牛乳箱」となった。


撮影に出かける

牛乳箱の撮影は当てがあって出かけている訳ではない。知らないブランドの情報があれば、それだけで旅に出る気は十分にあるのだが、大概は仕事の出張のついでにその地方を巡ったりして写してきたものだ。この4、5年はそのために2泊ぐらいの旅をするようになったが、その場合でも、古い町並みが残っているといったガイドブックの記事を手がかりに片道切符を買って早朝家を出るだけである。途中の駅を当てずっぽうに降りて、角があったら曲がってみるという歩き方である。

どの町でも、大手メーカーの箱は見かけるから、姿のよいものに限って写すことにしているが、初めて見る土地の牛乳箱が一つでもあれば、その旅は報われた思いに浸れるから他愛ない。

ところで、牛乳箱とはいえ他人の家にカメラを向けるのは勇気のいることだ。人の気配があれば幸いで、断わるついでに話などしてみるのだが、昼間の住宅街では人影が見当たらない事が多く、声だけかけて勝手に写させてもらっている。

個人の好みでいえば、風雨に晒された木箱に惹かれるが、年季の入ったプラスチックの箱も侮れない。撮影は正面のブランド名が重要だが、側面の販売店名やその当時の主力商品名「ビタ牛乳」とか「コーヒー牛乳」といったロゴも忘れずに写すようにしている。そして箱の周辺のたたずまいが、飾らない生活の風情を醸し出していれば言うことはない。いずれにしても昭和という時代の暮らしの証しを拾い集めている事のようにも思えるが、本当は牛乳箱に幼い日の思い出を重ね、知らない町の裏通りを散策する楽しみが旅へ誘っている。