昭和11年に小樽で創業の乳業会社。北海道はめったに出かける機会もないのだが、雪印の天下だと思うと地牛乳探しの期待感が萎えてしまう。
真っ赤な箱がめずらしい。創業は古く、明治政府の士族授産政策で牛の精肉業を営むことになった津軽藩の長尾氏が、夫人リカの勧めで乳業に転じたのが始まりらしい。長尾夫人リカは、津軽藩の藩校だった東奥義塾の初代校長兼松石居の娘で、石居氏が江戸詰めの頃アメリカの黒船が来航し、その時生まれた娘でリカ。明治になって牧場経営に手を染めた士族は多かったが、現在まで続いているのは長尾牛乳だけはないだろうか。
昭和24年創業。青森ではよく見かける地域密着の会社。なぜ鯵ヶ沢の駅で降りたのか思い出せないが、殺風景な駅舎のまえに元関取舞の海の幟が海風に激しくはためいていたのを思い出す。
明治43年鯵ヶ沢で創業、昭和2年弘前に移転した。洋風の住宅を模した牛乳箱は中島木箱工場製。
盛岡市にある中堅の乳業会社。ロゴにデザインの工夫がみられる。
明治17年山田養生舎として白石に創業。昭和38年に山田乳業に改称。県下の地場牛乳として最大規模。黄色い箱で楷書のロゴ(写真)とゴシック体のものを白石で見かけたが、未使用の白い箱がアンティーク屋に出回った事があった。正面の板がポラスチック板で感心しない。
村田はかって紅花の集散地として賑わった町。JR東北本線大河原駅からバスで20分。この箱は一見平凡だが、元祖ウルトラ牛乳である。昭和32年日本で初めて超高温殺菌(UHT)牛乳の生産販売を始めたのが宮酪乳業。森永牛乳に見られる「ウルトラプロセス」はこれ。詳しくはサイト「漂流乳業」で。
平成10年度の乳業施設再編合理化によってブランド消滅。ぼくは中学校は秋田だったが、その通学路に会社があったらしい。もちろんそんな記憶があるわけがなく小学校の同窓会があって訪ねたとき見かけた箱。
鶴岡の乳業3社が合併して立ち上げたブランドなのでカク(鶴)サン。赤いマークはもちろん鶴。
めずらしいブリキ製そしてマゾっぽい木箱。どちらも明るい緑色がきれい。
いまは酪王牛乳に統合されている。山の図柄はもちろん磐梯山。
大正元年創業。現在は三代目。「さりげなく本物志向」のコピーは牛乳に似合わない。本物と言い切った方がよいのでは?
明治27年岡田牛乳舎創業。磐城では親しまれてきたが「あぶくま乳業」の社名を経て廃業。丁寧なデザインであった。
昭和34年岩瀬町富谷で富谷牧場創業。平成10年乳業施設再編合理化で生産中止。この地域ではよく見かける箱でがんばっているなあと思っていた。
平成12年の乳業施設再編合理化で生産中止。
データ不明。
平成11年度の施設再編合理化でブランド廃止。
平成12年度の施設再編合理化で生産中止。宇都宮の実家にはまだ永島牛乳のプラスチックの箱がぶら下がっている。
栃木乳業はいま「レモン牛乳」で売っているが、これは無果汁だ。
製造中止。小学校東という住所がいい。小学校といえば○○小学校に決まっている!という暗黙の了解があるのだろう。
落ち着いた黄色のよい箱であったが、データ不明。
青のツートーンが目立っていた。